ある下人(主家に仕えて軍事・家事・農業などの雑役に従った者)が罪を犯した。死刑を執行されようとしたとき、声をあげて泣いた。
稲葉伊予(愛媛県)守一徹が、「命が惜しいのか」と聞けば、その罪人は、「いやいや、命を惜しんで泣いているのではない。命があれば貴様に一太刀浴びせかけて恨みを晴らすものを、こんなざまになってしまったのが悔しくて泣いているのだ」と返した。
人々は「なんという憎き奴だ。さっさと切り捨てろ」をわいわいと声に出して騒いだ。
しかし稲葉一徹は、「その男を助けよ」と下人の縄を解かせ、「なんとかして私に一太刀浴びせてみろ」と追い払った。
放免された下人は二度も三度も、「ありがたい」といった内容のことを言って立ち去った。
その後、年が経って、稲葉一徹は重い病にかかった。
下人がやって来て、「力は尽くしたが、目的を果たせなかった」と、また泣いた。
そのまま稲葉一徹は死んだ。葬儀の後、下人は稲葉一徹の墓に参った。
「私が今日まで命を長らえたのは、あなたに一太刀を浴びせさせて頂くと申したからです。そのあなたが亡くなったというのに、この私が生きていては、『処刑されようとした時に泣いたのは、やはり命惜しさに泣いたのだ』と人は言うでしょう。それが恥ずかしいのです」と、腹を掻き切って死んだ。
これをみても、戦国時代は、上の者も下の者もその心が、平和で無為の状態に陥っている今の人間のとは異なるのだと思い知らされる。