〜戦国武将エピソード集〜

稲葉一徹が文学によって死を免れたこと

 稲葉(いなば)伊予守(いよのかみ)一徹(いってつ)は織田信長に服従した。

 しかし信長は、あの稲葉一徹が、こうも簡単に従ってくるとは信じられなかった。そこで信長は、稲葉一徹を茶会に招待してその席で刺し殺してしまおうと企んだ。

 稲葉一徹が茶室に入った時、相伴(客の相手などをして、いっしょにもてなしを受ける人)の三人は挨拶に、「この掛け軸はまことに素晴らしいものですな。ところでこの絵に添えられた詩文はどうお読みすればいいのでしょう」と言った。

 それは韓退之(=韓愈)の詩だった。

『雲(くも)横秦嶺(しんれい)家何在

雪(ゆき)擁(よう)藍関(らんかん)馬不前(すすまず)』

 という、漢文に詳しくなければ読めない句である。

 稲葉一徹は文学について多少の心得があったので朗読できた。

 すると相伴の三人は、この句のいわれを訊ねた。

 一徹はざっと、この句の詳しい事情を話した。

 信長は壁越しにこれを聞いて、いきなり走り出してきた。

「稲葉一徹とは荒勝負ばかりをする勇士と思っていたのだが、今聞いたところでは、文学にも深い造詣があるようだ。そなたが奇特であると感心するあまり、私も本当のことを話そうと思う。今日のもてなしは、実は茶の湯ではない。そなたを刺し殺そうとするための策略だったのだ。相伴の三人は皆、懐剣(懐中に携える護身用の短刀)を差している。今日より末永く私に従って、その知恵を貸して欲しい。これからは決してそなたに害を加えることはない」

 信長がそう言うと、三人の相伴は懐より小脇ざしを取り出した。

 稲葉一徹は平伏して、「死罪を御免(ごめん)下(くだ)されかたじけなく候(そうろう)(=死罪をお許し下さり、たいへん感謝しております)。私も内心では今日は殺されるのではないかと思っておりました。そこでしかたなく(無駄死にだけは防ごうと)是が非でも相手の一人を討ち取ろうと考え、私も用意していました」と、一徹もまた懐剣を取り出して信長に見せていった。

 信長はますます稲葉一徹の心がけを褒めたという。

(補足)

 『左遷至藍関、示姪孫湘』

 韓愈

一封朝奏九重天

夕貶潮州路八千

欲為聖明除弊事

肯将衰朽惜残年

雲横秦嶺家何在

雪擁藍関馬不前

知汝遠来応有意

好収吾骨瘴江辺

(書き下し文)

 『左遷せられて藍関に至り、姪孫湘に示す』

 韓愈

 一封朝に奏す、九重天

 夕べに、潮州に貶せらる、路八千

 聖明の為に弊事を除かんと欲す

 肯(あへ)て衰朽を将(もっ)て残年を惜しまんや

 雲は秦嶺に横たわりて、家、何(いづ)くにか在る

 雪は藍関を擁して、馬前(すす)まず

 知る、汝の遠く来たる、応(まさ)に意有るべし

 好し、吾が骨を収めよ、瘴江の辺(ほとり)に

(大意)

 『左遷させられて、藍関に到着して、姪孫の韓湘に詩を見せる』

 韓愈

 朝、一通の上奏文を九重天で(皇帝に)奏上した。

 (その日の)夕方には、八千里も離れた潮州に流されることになった。

 皇帝のために弊害を取り除こうとしたのだ。

 この老い果てた身で、余命を惜しむことがあろうか。

 雲は(険しい)秦嶺山脈に垂れ込めて、(このような地に)人家など、どこにあるというのだろう。

 雪は、この地、藍関を包み込んで、馬は進もうとはしない。

 お前がこんな遠いところまでやって来たのは、きっと理由があるからだろう。

 よろしい。私の遺骨を、毒気の漂う川辺で拾っておくれ。

目次

常山紀談、611