〜戦国武将エピソード集〜

輝虎(てるとら=上杉謙信)が私市(きさい=騎西)城を攻めたこと

 輝虎は武蔵にある私市城(現在の埼玉県北埼玉郡騎西町にあった城)を包囲した。

 この城は背後に大きな沼があって、たいへん堅固な城だった。

 外から私市城の本丸の様子が見えるように築かせた土塁を、輝虎が回り歩いて調べてみると、本丸から二の丸へと続く廊下の橋が、すのこで作られていたのだが、地白のかたびらを着た人の顔が沼の水に映って見えた。地白のかたびらというのは、白い布地に模様を黒く染めたもので、女性がよく着る着物である。輝虎は、沼の水面に地白のかたびらを着た人が映っているの三度も見たので、ということは本丸には人質の女性や子供が閉じこめられているのだと察した。

 すぐに柿崎景家(かげいえ)=和泉守(いずみのかみ)に命令して私市城の正面を攻めさせた。城内は「うわぁ、敵が攻撃してきたぞ」と言いながら先を争って城を守った。

 その隙に、輝虎は城の近所周辺の民家を壊し、筏にくんで城の後ろにある沼に浮かべて、かちどきの声をあげ、大声でわめき叫んだ。そのため本丸にいた女性や子供たちはたいへん驚き騒いで、声とは反対方向である二の丸を目指して逃げまどった。

 城の正面で守備についていた兵たちは、「きっと内通者(=ひそかに敵側に通じた人)がいて、本丸を陥(おとしい)れてたのだ」と思って、ある者は自害して、ある者は降伏した。

 輝虎は計略によって、労せずしてたちどころに城を落としたのである。

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常山紀談、016