天正元年(一五七三年)、江北の戦いで朝倉が敗れた。そして信長の兵の追撃する勢いは激しかった。
朝倉の家臣、山崎長門守と詫美越前守は柳瀬(やながせ)で踏みとどまり、信長軍の進撃を食い止めた。それに励まされて朝倉軍はひきかえし防ぎ戦って討ち死にする者が多かった。
山崎長門守も大軍の中に駆け込んで討たれた。
詫美越前守は矢立の硯を取り出して、詩を一首書いて、それを落ちゆく者に頼んで故郷に持ちかえらせた。
万恨千悲有驀然
誰識今夜入黄泉
故園更莫灑愁涙
屍暴戦場唯是天
こうして詫美越前守は容赦なく激しく戦って討ち死にした。
その間に朝倉義景は逃れることができて、越府に戻った。
※「驀然(こつぜん)」=にわかに起るさま
※「故園」=ふるさと
※「更に〜莫かれ」=下に打消を伴っているので、決して〜しないでくれ
万恨、千悲、驀然と有り
誰か識らん、今夜、黄泉に入ることを
故園さらに愁涙に灑ぐことなかれ
屍、戦場に曝すこと唯これ天なりと
たくさんの恨み悲しみが、にわかに私の中で生じてきた。
今夜、私が黄泉の国に行くことを誰が見抜けたというのだ。
故園(=ふるさと)の人よ、けっして愁いの涙をそそがないでくれ。
私が戦場に屍をさらすことは、ただひたすら天命なのだから。