徳川家康が高天神城を囲んで、柵をつけて堅く守らせた。
高天神城の城中は後詰め(=敵の背後から攻める軍勢)を要請したが、武田勝頼は出陣しなかった。
そして高天神城の兵糧が尽きた。
栗田刑部が使者を送って、幸若舞を一曲所望し、「これを今生(=この世)の思い出にしたい」と言った。徳川家康はこれを聞き、「風流なことを言うものだ」と感心して、演者*に『高館』(=幸若舞の曲目のひとつで、判官物)を舞わせた。
栗田刑部は最愛の小姓である時田鶴千世という者に、絹、紙のような者を持たせ出して、幸若舞の演者に贈り与えた。
その後、高天神城が落城したとき、討ち死にした時田鶴千世の首を取ったのだが、「女の首だろう」と人々は疑った。
徳川家康はこれを聞いて、「目を開いて見ろ。女ならば白眼になっているはずだ」※と言った。そこで開いて見ると黒眼があった。また幸若忠四郎も高館を舞った時に時田鶴千世の見覚えがあったので、これが時田の首だと確定した。
*幸若舞の演者
立方(=舞台に立って演技や所作を行う役)は太夫・シテ・ワキの三名。
鼓方は一名。
舞は、太夫の朗吟をシテとワキが助吟するかたちで進行。
※殺されるとき、女性は恐怖で眼をそむけるが男性はしっかりみつめる、という俗信である。