〜戦国武将エピソード集〜

岡田竹右衛門が大井川の増水を見極める

 天正八年(一五八〇年)七月、徳川家康は田中城(静岡県藤枝市西益津にある)を攻め、八幡山(静岡県静岡市駿河区にある。標高六四メートル)に陣を敷いた。そして苅田働き(=刈田狼藉。他人の田畑の稲を不法に刈り盗むこと。中・近世、戦乱の際に行われた)を行った。

 武田勝頼は後ろ巻き(=見方を攻め囲む敵軍をさらにその背後から囲むこと)しようと急遽、甲州(山梨県)から出た。

 松平康親の家臣、岡田竹右衛門元次が、「この頃は夕立があって洪水が起きる時期です。大井川は一夜にして増水して渡りにくくなります。武田勝頼は血気盛んな勇将ですから、万一、突然押し寄せてくることもあるかもしれません。苅田が終われば急いで大井川を渡って兵を引き返させるのが適切でしょう」と言った。

 徳川家康は「もっともだ」と言って、大井川を渡り、兵を引いた。

 思っていたとおりに、その夜、大雨が激しく降って、大井川は増水したのである。

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常山紀談、105