同じ時(=小田原の役)、九鬼大隅(おおすみ=鹿児島県東部)守嘉隆(よしたか)は日本丸という大船を乗り回し、小田原城の南に広がる海を取り巻いた。
この海域は波が荒く、東風が吹くときは、まるで山を倒すような波が起きた。だから船を並べて海上封鎖を行うなんて思いもよらない場所である。
豊臣秀吉が小田原城を包囲したのは五十日余り。その期間中ずっと、海上は風静かに波穏やかだった。
これよりのち、小田原海辺(かいへん)風なき日を、「上様日和」と言うようになった。