〜戦国武将エピソード集〜

甲斐国、韮崎(にらさき)合戦のこと

 武田晴信(=武田信玄)が父を追放した後、諏訪(すわ)頼茂(よりしげ)、小笠原長時(ながとき)の連合軍が多くの兵を引き連れ甲斐に攻めてきた。韮崎の地で一日の間に四度も合戦が行われた。

 晴信が韮崎に向かうとき、原加賀守をはじめとして、諏訪や小笠原に以前からかかわりのある者たちを、たくさん甲府に残してきた。

 そこで原は人々に向かって言った。「今日の合戦で皆、功名をなしとげるという時に、ここにとどめておいたのは、われわれに二心があるのではないかと疑ってのことだ。今日、敵に向かっていかなければ、長く弓矢とる身の恥となろうと思うが、どうであろう」

 皆、晴信に背く意思などなく、寝返りを疑われるよりも、敵と戦って討ち死にすることこそ勇士の志であるということで、我先にと韮崎へ馳せ参じた。

この時、晴信は戦うこと三度、戦い疲れていた。そこへ頼茂と長時がひと組になって進軍してきたので、すでに危機的な状況に陥ったかのようにみえた。しかし原が来援してきたのに力を得て、晴信の軍も勇猛に勢いづいて進む。晴信は原を呼んでその志を感じ、日向、今井らを後ろに控えさせて、先を争って攻撃してくる敵に、正面からあたっていき、打ち破った。

 これは晴信の武将を激励するはかりごとで、わざと原たちを甲府に残したのである。

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常山紀談、006