〜戦国武将エピソード集〜

太田道灌(どうかん)、歌道を志す

 太田道灌=太田左衛門大夫持資(もちすけ)は上杉宣政(のりまさ)の重臣である。

 鷹狩りに出て雨に遭い、ある小屋に入って「蓑(みの)をお借りしたい」と言った。

 だが、小屋に住む若い女性は何も言わずに、山吹の花をひと枝折って差し出した。

 そのため太田道灌は、「私は花が欲しいのではない」と言って、怒って帰った。

 しかし、この話を聞いた人が太田道灌に言った。

「後拾遺和歌集に兼明親王の和歌があります。

『七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに 無きぞかなしき』(山吹という植物は、七重、八重と花を咲かせるけれど、実がひとつもつかないように、私は蓑ひとつないことが悲しいのです。【実(み)の一つだに無き】の【実の】と【蓑】をかけている。)

 貧しい娘さんは蓑ひとつさえ持ち合わせていない、その悲しい心情を、兼明親王の和歌を通して伝えたかったのでしょう」

 太田道灌は、はっと目が覚めて、それからは和歌に心をよせるようになった。

(その後、歌道に精通した道灌は、その教養が役に立った。)

 後日、主君である上杉宣政に従って下総(しもうさ)の庁南(ちょうなん=現在の千葉県長生郡長南町)に出陣するときに、海岸ちかくに出た。

 人々は、「山際の道を通ろうとすれば山の上から敵に大弓で攻撃されるぞ。とはいって浜辺を通ろうにも、潮で満ちていれば通れないし、そもそも引き潮かどうかでさえ、まったく分からない」と途方に暮れていた。

 夜の暗闇で視界が効かないのである。

「ならば私が見てこよう」と太田道灌は馬で駆けたが、すぐに戻ってきた。

「潮は引いている。浜辺は通れるぞ」

「(浜辺を往復して確認もせずに)、どうして分かるのだ?」

「千鳥の声が遠く沖合から聞こえてきた」と太田道灌はいう。「和歌にこういうのがある。

『遠くなり 近くなるみの 浜千鳥 鳴く音に潮の 満ち干(ひ)をぞ知る』(藤原為守の歌、浜千鳥が鳴く位置で潮の満ち引きが分かることを詠んでいる)

 だから潮は引いているぞ」

 また、別の日のこと、軍を城にかえす時、これも夜のことだったが、利根川を渡ろうとするのに、まったくの暗闇で浅瀬がわからない。太田道灌は「波音のする所を渡れ。こういう和歌があるのだ。

『そこひなき 淵やはさわぐ 山川の 浅き瀬にこそ あだ波は立て』(古今和歌集 素性法師  底も知れないような淵は騒ぐだろうか。山川の浅い瀬こそが、いたずらに音を立てて騒ぐものである。 *1)」と言って無事に渡ることができた。

 太田持資はのちに太田道灌と名乗った。

▽三条西(さんじょうにし)実隆(さねたか)の家集、雪玉(せつぎょく)歌集に「雨にきるみのなしとてや山吹の露にぬるるは心つかじを(雨にきる蓑がない実のない山吹は露に濡れているだろう。だけど山吹はぬれていることを気にはしないのだ)」という歌がある。

抄中後拾遺和歌集に次の文章がある。

『兼明親王が小倉の家に住んでいたころ、ある日雨が降って、兼明親王に蓑を借りに来た人がいたので、兼明親王は山吹の枝を折ってとらせた。蓑を借りに来た人は、その行為を理解できないまま退出したが、気になってしかたがない。そこで別の日に「あの山吹には一体、どんないわれがあったのでしょうか」という使いをよこした。兼明親王は返事を送ってきた。「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞかなしき」』

*1 古今和歌集、恋の歌である。学研の古語辞典では解釈として、【恋の相手から、すげないととがめられたときの作。愛情の深い者は、むやみに口に出したりはしない。心の浅い者に限って、ちやほやと実のないことばが多いものだ、と自己の誠実さを宣言した歌。また人事一般の比喩とも解釈できる】とある。素性法師は百人一首『今来むと言ひしばかりに長月の有り明けの月を待ち出でつるかな』が有名。

目次

常山紀談、013-1

常山紀談、013-2