甲斐の忍びの者数十人が、信玄に叛(そむ)いて山小屋に立てこもった。
信玄は策略によってたやすく討ち取ろうと思って、叛(そむ)くことなく信玄のもとに残った忍びの者に、「城の中へ忍び込むのに、どういうのが侵入しにくいものなのか」とたずねた。
「中の守りが厳しく、夜回りの声がしきりに飛び交(か)う城は無論、侵入するのが難しい。もっとも、そのように城を守っている様子がこちらに伝わってくるのは(侵入が難しいが、何も起こらないのに人が緊張感を持ち続けるのは難しく)、城の守りがおろそかになった時には、簡単にばれてしまうので、その時は忍び込みやすい」と言った。
信玄は「では、この山小屋に忍び込むのはどうか」とたずねた。
「彼らは忍びの者だけあってすでにそのことをよく知っているので、静まりかえって何ひとつ音を出していない。だから相手の動静を探ることができず、侵入するのは難しい」と答えた。
それを聞いて信玄は侵入作戦は止めにして、山小屋に向かって陣を敷いた。包囲する兵たちの守りはたいへん厳しく、夜回りも隙間なく声を出して確認させた。
日数を経て、包囲する兵たちの緊張感も自然と薄れ、その仕事ぶりがだいぶおろそかになってきた時、忍びの者たちが(包囲網を突破しようと)夜襲に出てきた。
そもそも最初からそうなるように陣を敷いていたわけで、忍びの者たちは、あらかじめ信玄によって配置されていた伏兵によって討ち取られたのである。