鹿島伝右衛門は伊豆の人である。
若い頃は武名を挙げたが、のちに髪を剃って久閑(きゅうかん)と名乗り、伊東に引きこもっていた。信玄はそれを聞いて、三千貫(=三万石)の土地を与えて甲斐に招こうとした。
「私は年老いています。何のために奉公しなければならないのでしょうか」と久閑は伊東から出ようとはしなかったが、信玄は「あなたにたずねたいことがあるのです」と無理に呼び出した。
信玄は久閑に春から秋まで夜な夜な軍(いくさ)物語をさせた。そしてその軍物語を信玄は、自ら筆をとって書き記した。
信玄は周囲に大国の敵がありながら威名を響かせられたのは、このように心を配っていたからである。