上杉謙信は越中で、秋の夜に諸将を集めて、月を鑑賞して、漢詩を作った。
※『十三夜』 (七言絶句)
霜満陣営秋気清
数行過雁月三更
越山並得能州景(※並→併の方が一般的)
任他家郷念遠征
(書き下し文)
霜は軍営に満ちて秋気(しゅうき)清し
数行の過雁(かがん)月三更(さんこう)
越山(えつざん)並(なら)び得たり能州(のうしゅう)の景
さもあらばあれ家郷(かきょう)遠征(えんせい)を念(おも)う
(霜が陣営に満ちて、秋の気配はすがすがしい。空は数列の雁が渡る。そして真夜中の月。領国の越後、越中の山々に、今回手中に収めた能登のこの景色。ふるさとの家ではこの遠征を心配しているであろう。しかし今はとにかくこの美しい風景をめでよう。)
《語句》
*過雁――空を渡って行く雁。(広辞苑)
*三更――午後十一時から午前一時。子(ね)の刻に該当する。(広辞苑)
*能州――能登国の別称。石川県北部。広辞苑では「能州」の文例に、この上杉謙信の『十三夜』の「越山并せ得たり能州の景」が挙げられていた。
*任他【詩語】(さもあらばあれ)=他にゆだねてなるままにまかせる。『さもあらばあれ』=(「然も有らば有れ」の意。晋代以来の俗語「遮莫」(「たとえ…でも」の意)を訓読したもの) 不本意であるが、そのとおりにして置こう。とまれかくまれ。どうあろうとも。ままよ。(広辞苑)
《補足》
※七尾城の戦いのとき、謙信は有名な『十三夜』の詩(七言絶句の漢詩)を作ったという。この詩は頼山陽の『日本外史』に載せられて広く知られることになったが、『常山紀談』や『武辺噺聞書』ではこれと少し違っているため、頼山陽が添削したものとみられている。また、十三夜は七尾落城の二日前であり謙信が本丸に登っていないことや、和歌によく通じた謙信も漢詩はこの他に一度も作っていないことなどから、これを不自然とし、この詩自体が後世の仮託とみなす説もある。(ウィキペディア)