織田信長が越前(=福井県東部)に攻め入った。
朝倉義景は二万ばかりの兵で、刀根(とね)山という大きな山に陣取った。そしてその山の麓に信長の先陣がひかえていた。
ある日、信長は井楼(せいろう=戦場で適宜の場所に組み立て、敵陣偵察に用いたやぐら)に登り、敵を見回し、「敵は今夜必ず引き退くぞ。先陣の者たちは怠るなよ」と、使いを度々送って、命じた。
しかしこれを聞いた先陣の者たちは、「どうして殿はこのように言われるのだろうか。敵は大軍で山を拠点として地の利を得ている。それにそもそも、いくさを始めたのは敵の方だ。なぜ引き退いたりするのだろう」と不思議に思った。
夜になっても信長はまだ井楼にいて、敵陣を睨らみ続けて目を離さなかった。
そして丑の刻(=午前二時)頃になった。
織田信長は、「ああっ、敵が退却するぞ!」と言うやいなや、法螺貝を吹き立てさせた。
そして自分は馬に乗り、「先陣の『大ぬる山』の奴らが油断して注意を怠ってしまったから、旗本(=大将麾下の直参の将士)の者たちが、手柄を立てよ」と、真一文字(=まっすぐ)に進んでいった。
思った通りに織田軍の先陣は出遅れて、旗本たちの活躍によって勝利を得ることができた。
織田信長はいつも、油断している者を『大ぬる山』と言ってあざ笑ったそうだ。