〜戦国武将エピソード集〜

禅僧、広厳院が武田勝頼の屍を葬ったこと

 武田勝頼父子の屍(=死体)は、田野(=山梨県甲州市大和町にある地名、天目山の南麓に位置する)に放置されていた。

 織田信長を恐れて、恵林寺の僧をはじめとして埋葬する人がいなかった。

 田野の西北、四里(一里=約四キロメートル)ほどにある中山という所の曹洞宗の禅僧、広厳院がやって来て、勝頼夫妻と息子の信勝以下の屍を埋葬した。

 その後、徳川家康が甲州(山梨県)を治め、寺を建立して景徳院と号して(=名前をつけて)、田地(=田として利用する土地)を寄付した。そして小宮山内膳友信の弟である僧を住職にした。

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常山紀談、118